金本位制回帰への議論

ドル信認低下による金本位制回帰の議論

昨年11月のゼーリック世界銀行総裁による英紙『フィナンシヤルータイムズ』 への寄稿を契機に、金本位制度が、経済史を中心とする理論家の関心事から、再び政策論として姿を現したように見える。寄稿の主眼は、先進国と新興国と
の為替相場や資本フローを巡る対立の中で「主要20力国首脳会議(G20サミット)を通じた両者の政策協調を通じてグローバルな不均衡是正を目指すべきだ」という王張にあった。すなわち、米国の量的緩和第2弾(QE2)を含む先進国の金融緩和が通貨安政策となり、過度な資本流入を招いているとして新興国が強く反発した一方、先進国は新興国による輸出促進のための通貨安政策を経常不均衡の源泉として批判したことへの処方1を示そうとしたのである。

 

しかし、国際機関のトップであるゼーリック総裁が「金価格を国内物価や為替相場に関する参考指標として用いるべき」とした点が、「金本位制度の復活を提唱した」という理解とともに大きな関心を呼ぶことになった。実際、米紙『ニュー・ヨークータイムズ』もホームページに特設欄を設け、ハーバード大のフランケル教授らの論客が金本位制度への回帰を考える論戦を展開した。

 

この間、新興国を中心に外貨準備による金の保有を増やす動きも金本位制度の支持者を力づけた。さらに、米国の「ティーパーティー」(茶会運動)のような立場の人も、公的当局による経済への介入に対するアンチテーゼとして、金本位制度に関する政治的関心を示している。実際、ポール米下院議員は米連邦準備制度理会(FRB)のバーナンキ議長による今年3月の議会証言に際して「金は通貨か」と質した。

通貨供給への不満あるが金本位制は実現困難

金本位制度へのこのような注目は、米国が1971年に米ドルと金の交換を停止したニクソンーショツクから40年目に当たることによる懐古趣味ばかりではない。むしろ、その最も大きな背景は、先進国の中央銀行が金融危機とその後の景気低迷に直面して巨額の通貨供給を続けていることに対する不安や不満である。

 

金本位制度でも、通貨の購買力が財やサービスの価格に応じて変化する点は現在の管理通貨制度と変わりはない。しかし、金本位制度では、政府が通貨と金との固定比率での交換を約束することで、通貨が金の特定量という具体的な価値の裏付けを持つ点では管理通貨制度と異なる。

 

この特徴のために、中央銀行には銀行券や当座預金(これらを中央銀行通貨と呼ぼう)の供給を規律を持って哲つ必要が生じる。地上の金の総量が大きく変わらないという前提のもとで、中央銀行通貨の供給量を無秩序に増加させれば、金との固定比率での交換を維持しえなくなるからである。金本位制度のもとでの通貨供給のこうした規律が、金融緩和に不安や不満を持つ人々に魅力的に見えることは想像に難ぐない。

 

しかし、現在の先進国にとって、管理通貨制度を捨てて金本位制度に回帰することが現実的な選択肢であるとは思えない。最大の理由は、金本位制度のもとでは、通貨供給の規律のまさに裏返しとして、通貨供給の柔軟性が乏しいからである。仮に、今回の金融危機の際にも米欧が金本位制度にあり、米国、欧州の金融機関が経営危機に瀕したり、欧州で債務問題国の国債価格が急落したりした場合、金本位制度のために柔軟な資金供給ができなかったとすれば、1930年代初頭の米国のように大量の金融機関の経営破綻や信用の急速な収縮、そして経済活動への深刻な影響も生じたであろう。

 

あるいは、これらの中央銀行が金本位制度のルールを無視して通貨を潤沢に供給すれば、不安心理を背景とする大量の金交換要求によってたちまち維持しえなくなったであろう。おそらく、ティーパーティーーのように政治的な立場を別とすれば、今回の金融危機を目の当たりにした政策当局や市場関係者には、管理通貨制度のもとでの柔軟な資金供給の大切さは十分理解されている。

 

実際、『ニューヨークータイムズ』での議論でも、マサチューセッツ工科大のジョンソン教授のように安定的な価値の通貨を探索することには理解を示す向きもあったが、カリフォルニア大のハミルトン教授のように金本位制度における柔軟性の欠如を問題視する意見が目立った。金価格を参考指標にするというゼーリック総裁のアイデアも、後にプリンストン大のクルー・グマン教授が『ニューヨークータイムズ』で示唆したように、先進国の中央銀行に対し通貨供給に対する規律を維持するう兄で活用してほしいというメッセージとして理解すべきであろう。